私は20代の時、パワーリフティングというスポーツに出会いました。バーベルなど持った事も無かった私ですが、やればやっただけ、自分の体に結果が出るのが楽しくて、気がついたら深みにハマってしまいました。一時は大会にも出ていました。
そんなパワーリフティングの選手だった頃、あるセミナーで知り合った妙齢のご婦人から「あなた、スポーツやっているんだったら栄養素を摂らなきゃだめよ」と言われました。 その頃はまだ、“サプリメント”という言葉は普通に使われてはいないフレーズでしたから、このご婦人は“栄養素”という単語を使ったのでしょう。
そんなことを言われるまでもなく、サプリメントの必要性は分かっていましたが、頭で分かっている事と、その様に生きている事とは別物です。
「食卓に並んでいるものを残らず食べたらそれで健康」という時代はいつまでだったのでしょうか。現在、コンビニに行った事はない、清涼飲料水を飲んだ事はない、ファストフードを食べた事もインスタント食品を食べた事も、いや加工食品も添加物も摂った事はない、なんて人は恐らく存在しないでしょう。それくらい私達の食生活も文化的生活も変わっています。
さて、先述のご婦人と知り合ってから、私は分子栄養学、正式には分子整合栄養医学というものの存在を初めて知りました。ここで分子整合栄養医学について少しお話ししましょう。
分子栄養学とは
「分子栄護学」は1954年にノーベル化学賞、1963年に同平和賞と二度のノーベル賞を受賞し、アインシュタインと同等の天才と並び称される米国人化学者ライナス・ポーリング博士が付けた呼び名です。日本では正式には「分子整合栄養医学」(Ortho-Molecular Nutrition and Medicine)省略して「分子栄養学」と呼ばれています。
ライナス・ポーリング
従来の栄養学は「欠乏の栄養学」と言われています。日本の栄養所要量はビタミン欠乏症にならない程度の量を指導しています。例えばビタミンCは壊血病にならない程度の10mgを所要量(現在の所要量は100mg) と言い、ビタミンB1は脚気にならない程度に米ぬかを食べましょう、的な話です。
しかし実際には体格、性別、年齢、吸収力、病気、ストレス、生活環境など様々な条件で、ヒトの必要栄養量はそれぞれ大きく違うはずです。
分子栄養学ではこれを個体差といい、ポーリングは「個体差は20:1だ」と言いました。つまり、1日100mgのビタミンCで足りる人もいれば、20g(20,000mg)摂らなければ足りない、という人も存在するという事です。
そのため、「食卓に並んでいるものを・・・」 的な発想では本当にその人に必要な量を摂取する事は出来ないという事になります。ではどうすれば?・・・、から発明されたのがサプリメントです。
日本で分子栄養学が紹介されてからまだわずかに30年足らずですが、だからといってサプリメン卜先進国のアメリカでも歴史がそう長いわけではありません。
アメリカにおける栄養療法の現状
日本と同様にアメリカでも食品に効能効果を唱える事は、食品・医薬品・化粧品法(FDC法)違反として取締まりの対象になりました。しかし1975年、マクガバン上院議員が「栄養改善によって、心臓病の25%、糖尿病の50%、肥満の80%、ガンの20%程度が減少できる」というレポートを全米科学アカデミーに提出しました。
そして、対症療法のみの現代医学の治療法に疑問を持ち始めた人々が、KYB運動を通じダイエタリーサプリメントについて学び、全人口のおよそ50%もの人が栄養(サプリメントや機能性食品を使って)摂取するまでに至ったのです。
このような経緯があって、アメリカ政府は従来の政策を転換し、健康情報を広く提供する事が国民の利益(健康)につながると判断し、食品ラベルの活用に積極的な姿勢を見せる様になりました。そして食薬区分を明確にし、食品のラベルと効果を可能にする「ヘルスメッセージ」の規則がつくられ、「栄養表示教育法」が成立したのです。
正式には栄養補給食品・健康・教育法(DSHEA)といい、1994年、当時の大統領クリントンが法案にサインしました。
これを受けて、アメリカのケロッグ社というシリアルの有名会社が、商品のパッケージに“食物繊維を摂取する事は大腸ガンの予防になります"と唱い、売り上げを伸ばしたという話があります。
KYB運動とは
先進国アメリカであってさえ、このような経緯を辿ってやっと市民権を獲得したサプリメントです。ポーリングが提唱した50年代、60年代にはまだまだ理解されるにはほど遠い状態でした。「もしアメリカがポーリングの研究を迫害しなかったらポーリングはノーベル賞を3つ取っただろう」という人もいたくらいです。
しかしポーリングはそんな環境にあっても諦めず、「家庭の主婦が分子栄養学を勉強したら家族の健康に違いが作れる」と、主婦を対象に寺子屋的な教室を開いたのでした。
KYBはKnowYour Bodyの略です。自分の健康を自分で知って、自分で管理していきましょう、という健康自主管理運動です。
ポーリングのこの草の根運動は現在のアメリカにも強く根を張り、DSHEAが制定されるより何十年も前から、スーパーマーケットの棚には既にサプリメントが並んでいたのは、70年代、80年代にアメリカに行った方々なら良く知っている事でしょう。
メガビタミン療法
分子栄養学の歴史を諮っているとあと3章くらい必要になってしまいますので、この辺りで打ち切ります。
さて、ポーリングが個体差を埋めるために利用したツールであるサプリメントは、摂取量が決め手です。ポーリングが提唱した量は、従来の栄養学では考えられない様な大量であった為に、危険だとまで言う人がいましたが、実際にその量を摂取すると薬理効果といわれる効果を発揮する、それにはその量の摂取が必要、とポーリング、は言ったのです。
この時ポーリングが使用した「メガ」という聞き慣れない言葉を「大量の」と訳して、ポーリングの提唱している療法はおかしいという説も飛び出しました。しかしこれは誤訳で、「至適量」と訳されるべきだったのです。
多くのトップアスリートの皆さんなら、少なめに摂取しでもサプリメントは効果を発揮しない事を、ご自身の体で体験されている事でしょう。
決め手はドーズレスポンス
では個体差の至適量はどうやって見つけるのか?現在一番わかりやすい方法は血液検査でしょう。これは追って述べる事にしますので、ここではドーズレスポンスについて説明しておきます。
ドーズとは量、レスポンスは効果です。特定の栄養素を摂取した場合、量と効果の関係は正比例を想像します。しかし実際は表のようになります。つまり、ある一定置にまで達しないと効果はゼロに等しく、至適量に達した時に、驚くほど効果を発揮する、という状態です。そしてそれ以上摂取した場合は、至適量に達した時ほどではありませんが緩やかに上昇します。
自分の至適量が分からない場合は、まず、ガッツリ摂取してみて、効果を感じたら少しずつ量を減らし、納得できる効果まで減らすのが良いでしょう。それでも実際には他の栄養素との働きがリンクしている事や、ストレスなどで吸収力が落ちている場合、環境の変化などで需要量が一時的に増えている場合もありますので、あくまで目安です。
アメリカオリンピック委員会(USOC) の調査では、2000年シドニーオリンピック代表選手の91%、2002年ソルトレイクオリンピック代表選手の92%が複合ビタミン・ミネラルを主としたサプリメントを摂取している事が分かりました。
日本ではJISSがそれに遅れる事6年の2006年、日本代表選手を対象としたサプリメントに関するアンケートで、82%のアスリートがサプリメントを摂取していたと発表しています。これを見ても、日本のサプリメント事情はまだまだ欧米には追いついていない感があります。
分子栄養学の大まかな歴史と考え方はご理解いただけたでしょうか?
興味のある方は、
分子整合医学ビタミン情報センター(Orthomolecular Vitamin Information Centre)または
国際分子整合栄養医学協会(International Society for Orthomolecular Medicine) などでも情報を提供していますので、アクセスしてみて下さい。