今や世界最大規模のスポーツイベントとなっている『アーノルド・スポーツフェスティバル』。3月初旬、極寒の地、アメリカ・オハイオ州・コロンバスに世界各国から選手、関係者のみならず一般の人々までもが集まるビッグイベントである。
しかし、残念ながら日本ではこれを知る人は少ない。巨大なコンベンションセンターでは数え切れないほどの競技やイベントが開催され、エキスポの規模もとてつもなく大きく、ここから得られるものは計り知れない程大きいはず…。
ということで、今回、日本から初めてコロンバスへ向かった3人、月刊ボディビルディングの連載でもお馴染みのパーソナルトレーナー・渡辺実氏、そして現役のフィギュア(ボディフィットネス)の秋山千香子選手、そして元ボディビルダーで、業界に精通している佐々木禄介氏にお集まりいただき、アーノルドで感じたことを率直に語ってもらった。
もはや神的存在のアーノルド
Q 先日のアーノルドお疲れ様でした。今日はアーノルドで様々なものを見てきて感じたことなどをランダムにお話しください。
渡辺 まずはアメリカでの認知度だけれども、今まで世界最高峰の大会としてオリンピアがある訳だけれど、地域での認知度という点ではアーノルドの方が全然ある。ラスベガスで「オリンピア」って言っても「なにそれ?」という人が大半。
ところがシカゴ空港で乗り継ぎの時から「アーノルド」というと通じるし、コロンバスに於いてはこのイベントは街おこし状態になっています。
そもそもアーノルドが最初に勝った大会がオハイオ州のコロンバスで、それ以来そのプロモーターに義理を立てることで、マイナス10何度の真冬の時期に大会を開催しているんです。
最初はボディビルのコンテストだけのイベントだったんだけど、今やプロレス(WWE)に総合格闘技、ポールダンス、パワーリフティング、ウェイトリフティング、キッズもありフェンシング、器械体操、縄跳びとか…ありとあらゆるスポーツ種目が同じ会場で開催しているビッグイベントですね。
佐々木 アーノルドクラシックについてはアーノルド・シュワルツェネッガーだから成し得ていると思う。
渡辺 大きくなっているから今や、シュワルツェネッガーがいなくても出したい人が出てくる。だって、ウェイトリフティングとパワーリフティングが同じイベントに参加するなんてことは、まず無いよね。
Q 秋山さん、女性の目線からはどうでしたか?
秋山 私は競技を始めて5〜6年経ちますけど、プロとはどんなものか見てみたかった。いつもネットとかしか見ていないけれど、競技をやる以上は極めたいから、今回「先生行きましょう!」みたいに…。
渡辺 今までアーノルドのことは噂では聞いてたけどボディビルに於いて頂点のレベルは違うかもしれないけれど、相対的なレベルはもの凄く高いと…。だって世界大会を蹴ってまで、みんな気合い入れてアーノルドに賭けてくると。今後自分が指導に携われるのもあと何年という感じになってきたので、その中でアマチュアの頂点というのは事実上アーノルドだから見ておかなきゃいけないと思った。
私的な話になるけど、以前オリンピアに行った時、今は指導の方で「セクシーストロング」を立ち上げているフィリピン系アメリカ人のメリッサ・デグズマンというフィギュアの選手とウェルカムパーティで会った時、身長は150cmくらいしかないんだけど、身体はモリモリしていて、これが理想じゃないのって思ったんです。
今はネットを立ち上げてビキニとかフィギュアの指導を行っているんだけど、彼女を見てアジア人でも作れるんじゃないかっていうのと、その時、秋山さんと知り合った年だったんだよね。乳癌のこととか聞いていたので、今までみたいに勝ちに走るトレーニングはもうこれからはダメだと悟った年なんです。
秋山さんがいて、亡くなった粟井さん(かつてのボディビルダー)と話した中で、今後日本でフィギュアの選手は筋肉面で逆転していくよという事を言っていたのが、今現実になっている。要するに自虐的なことをやってはいけないということ。
あと、オリンピアでフィギュアを見て、今後はナチュラルで身体能力の高い身体が評価されるというところで、秋山さんの指導に踏み切れたという経緯があります。
それから、同じ年に上野美術館で「阿修羅展」があって、阿修羅像って細い仏像なのに距離を置くと、金剛力士像よりも凄くはっきり見えるということがわかった。単純に細いとか大きいとかではなく、相対比…要するに鉛筆に5kgの筋肉を付けるのか、綿棒に5kgの筋肉を付けるのか、それは鉛筆に付けた方が大きくなる、そういう体積の比率がまず1つ。
あと絞りということではなく、元気な筋肉というのは車のタイヤで言えば、空気が十分に入っていて、溝がいっぱいある状態、それが体表面積が広いということなんです。そうなれば、それほど日焼けをしていなくても陰影がはっきりするけど、逆に日焼けをしているけど、筋肉に張りがない人は白く見えるんです。
そして、今回アーノルドへ行くと海外の選手はみんなそういう風にやっていました。トレーニングもビキニの選手なんか見ると、単にウェイトトレーニングだけじゃなくて、サーキット的な要素も取り入れたりとか、以前ミロス・シャシブ(かつてのプロボディビルダー)は異なった刺激、筋肉にありとあらゆる刺激を…ノンインターバルも怪力も、連動も、アイソレート(単関節種目)も全部入れていなければダメなんだと言っていた。
そしてちゃんと食べて、良いコンディションのもとで練習してカッコ良くしてという方向に変わってきているんじゃないかと思います。
Q 日焼けについてはどうですか?
ジャンタナのスプレータンニング実演
秋山 エキスポ会場でジャンタナ(スプレータンニング)の実演をやっていましたが、あれは良かったです。プロの選手たちでも前日は白いけど、ジャンタナで当日はバッチリ小麦色になっています。
渡辺 日焼けしないというより、普段はむしろ美白を意識しているみたい。
佐々木 競技の公平性からしても変に日焼けするより、統一してジャンタナの方がいいですね。
渡辺 ブログにも書いたけど、欧州では日焼けサロンは禁止だよ!それくらい危ない。タバコや農薬よりも発がん性が高いと言う人もいるくらい。そもそもボディビルは健康と体力の増進だから日焼けのリスクを考えた方がいいと思います。
あと、スプレータンニングを認めることで、美意識も高まる。海外の選手は日焼けで髪の毛も痛んでないから、みんないつでも凄く綺麗にしている。日常的にスーパーでもどこでも選手は綺麗にしている。あれが凄くいいと思う。そうしていれば、街でも認知度が高まり応援しようか、見に行こうかということになるんじゃないかな。
でも、この発想って本来日本人が持っているものなんだよね。プロの大相撲とアマチュア相撲は何が違うかっていうと、大相撲は部屋を出たらまげを結って、着物を着て、誰が見てもお相撲さんの格好をしなければならない。落語家もそう歌舞伎もそう。移動中が既にパフォーマンスで認知度を上げる重要なポイントなんだよね。
Q プロ意識という点でアーノルドでは学ぶべきものがたくさんありましたね。
(左)フィジークの一番人気・サディックと秋山氏/(右)ミスターオリンピア フィルヒースと渡辺氏
渡辺 選手が計量をしているとき、たまたま、階段の下で待っていたら、選手が次々に通るんだけど、みんなカッコ良かった。女子は黒のロングスパッツ履いておしゃれして…あれが基本だと思う。日本はその辺の美意識がまだまだだね。
秋山 一般の人の中に入った時に、どう映るかも重要だと思います。ボディビルの世界ではキワモノみたいなのを強調する人もいますけど、それでは一般には認められないと思います。
渡辺 「この人は違う」はいいんだよね。「違うけど格好いい」のでないと。今回ウェルカムパーティなんか見ていても、皆格好いいんだよね。欧米人だから格好いいというかもしれないけど、東洋人の選手も、今回インド、中国、台湾、マレーシアなどからも来ていたけど、みんな格好いいよ!
Q 例えば、クラシックバレエをやっていた人がいるとすると、普通に一般の人に中に入ったら、もの凄く格好いいですよね。背筋が伸びていて、ファッショナブルで。
佐々木 僕、昔NHKホールでアルバイトしていたんですけど、バレエとかだと見に来る人もやっている人とかやっていた人が多くて、全然歩き方とか立ち方が違うんです。
渡辺 そう。秋山さんもアーノルド以降、ウェアのコーディネートがさらに厳しくなりました。(笑)
秋山 私は普段から水着を装飾したりするので、いろんな外国人の選手をとことん見ている訳ですけど、彼女達は年間通して綺麗。いつ写真を撮られても綺麗です。
計量会場。選手のオシャレ度は非常に高い
Q まずは何をするにも美意識を高めるということが重要ですね。
秋山 そう。そこなんです。
渡辺 あとジャンタナ終わって、乾くの待っている間も海外の選手は普通にお弁当食べてるじゃない。日本の女子選手はお菓子食べたりとかしちゃうんだよね。あれはダメですね。何かしっかり食べた上で更にカロリーアップの為に食べるならいいんだけど、それが主になったらダメなんだよ。
がんばってダイエットしてきているのに、試合当日からお菓子食べちゃって、試合の翌日から練習休んでまたお菓子食べてる。そこでコンディションを崩す訳です。身体は弱る、栄養は足りない、カロリー過多…そうすると更に身体が弱っていく。試合後1週間くらいで崩したコンディションを半年かけて戻すというかなり無駄ことをやっている。
試合中からちゃんとした物を食べて、カロリーアップして翌日から練習ができるように食べて、多少好きなものを食べるとやれば、その後多少脂肪がのっても筋肉も付くし、そういう体重はすぐに落ちるんです。
Q 大会が終わった直後が重要だということはよく聞きますね。
渡辺 そう。大会当日から1週間っていうのは、1時間が普段の1日、1日が1ヵ月、そのくらい身体に影響があるんです。だから打ち上げとかで、トンカツとか焼き肉食べてもそれは身になるからいいのだけど、お菓子はダメ。栄養が無く、ただでさえ試合でダメージを受けている身体に糖しか入れないとなるとどんどん内臓が弱り、さらにトレーニングを休むからもっと弱っていく。
Q 次にアーノルドを見て日本でもああして欲しい、こうして欲しいという事がありますか?
渡辺 競技力を高め、注目されるためには、一人でも二人でも美意識の高い格好いい人を出しちゃえばいいんだよね。今回のアーノルドも選手だけでなく役員の人も見ていれば凄く変わったと思うんだよね。秋山さんなんか、アーノルドに行って1週間トレーニングを休むことになって、食事もちゃんとできなかったけど、いろいろ見て刺激を受けたことで、逆に良くなっているからね。
秋山 頑張ろうって、気持ちが前向きになります。
佐々木 アーノルドのコンテストは半分くらいエキスポ会場でやってたじゃないですか。そこでは一般のボディビルが目当てじゃない人も皆見ていて、ああいう場を作るのは重要だと感じました。
人気爆発!! 女子フィジーク・Dana Linn Bailey
渡辺 女子フィジークはエキスポ会場でやっていたけど、Dana Linn Baileyが出てくると会場が破裂しそうなくらい声援で、凄い人気だったね。一人でもああいう風に特化した人が出てしまえば、競技の人気も一気に高まるね。エキスポ会場でプロ・フィジークの最先端の選手たちをみんなが見られるというのは凄くいいと思う。日本でもスポルテックの会場であんな風にコンテストができるといいね。
佐々木 エキスポ会場でやるというのは多分、プロモーションの一環であると思う。
渡辺 Danaなんかそのステージに立ち、終わると50mくらい横で自分のブランドのウェアを売っている訳だから…。
佐々木 コンテストの後、そのブースで4時間くらいずっと写真撮って、握手してやってましたからね。
秋山 そこってプロは凄い。前日夜の10時すぎくらいまで握手会やって、当日試合でそのまま、一般の人と握手会でしょ。常に笑顔で。それで終わったらすぐにオーストラリアに行ってましたね。
渡辺 プロはあれでコンディション作る訳だからアマチュアより大変だよね。左手でチキンつまんで、右手でサインして、左手が写らないように肩組んで写真を撮るみたいな感じ。それを立ちっぱなしで何時間もやるんだよ。それがプロだよ。
これって意識がそうさせるんだよね。日本の女子選手もとにかくアーノルドに来て欲しかったし、できれば出場して欲しかった。今日本人のトップ選手が出てもたぶん通用しないんだけど、どういう風に通用しないかというところが大事な訳で、あるいは見に来るだけでも良かった。
でも今回は秋山さん以外行かなかったじゃない。来年以降と言っても今年だったら5年進んだけど、今年行かなかったことで、また5年遅れたよね。結果的に10年開いちゃったんだよ。今回行かなかったことで。
秋山 厳しいですけど、現状はそうです。
渡辺 そこは譲っちゃいけないところだよね。“今”っていう時が今年だったんだよ。本当に。アジア大会があるから今年はシーズンが早まって、4月に大会があるから行かなかった。
日本でもトップの選手が世界を目の当たりにして、海外はこうだ。もっとオシャレしなきゃいけない。もっと綺麗にならなきゃいけないっていうことを言えば、絶対に変わったと思うな。今変わらなくても来年、再来年変わると思う。でも来年行ったんじゃもう遅いんだって。
秋山 特に今年から女子フィジークとかやるから一番最初の大切な年だから。
渡辺 衣装の視察、審査員の席の位置も見ておくべきだった。
(左)※1 ホールでの審査員席は5〜6列目/(右)※2 エキスポ会場のステージ
Q 審査員席のことを詳しく説明してください。
渡辺 ビックリしたのがホール。ダンスコンテストと同じで平らで見られる位置5列目か6列目にライトをつけて審査員席が陣取ってたの(※1)。
バレエとかミュージカルって1番前の席って、凄く安いんだよね。見えないから。でも日本のコンテストはそこで審査しているでしょ。本来舞台っていうのは5列目くらいから高くて、前列は安い。
その安い席で審査している。オリンピアでもアーノルドでも、昔自分が出たNPCでもみんな後ろで全体が見えて、公平にアウトラインが見える位置なんだよね。それは今の絞ればどうこうっていう悪い風潮は審査員席が近い、あるいは比較したら順位がわからなくなるというのは距離だけとれば、解決する部分は随分あると思う。これは何年も前からブログで訴えているんだけど…。
アーノルドのエキスポ会場では一番前だったけど、その時はステージに奥行きがあって選手を下げているんだよね(※2)。それは凄く重要。だから規定の中で、選手と審査員の距離は何m〜何mとるというルールを作るべきだと思うね。
佐々木 確かに近くで並べて見ちゃうとカットがあるとか背が高いとか見るとこ無くなっちゃいますね。
渡辺 日本選手権なんかも審査員の席を変えるだけで順位が変わってくると思う。日本ではやれ絞れ、やれカットだだけで順位にこだわる風潮だけど、正しい位置で見て奥行きをちゃんととる、構図を見る、そういう事が勉強だと思う。日本独自に指導者講習なんかで、遠近法を教えますなんていうのもいいと思う。
美術館に行って彫刻を見たり、絵画を見て、近くで見たり、遠くで見たりすればわかるんだよ。それこそ「考える人」だって近くで見るのと遠くで見るのとではまるで違う訳。「モナリザ」だって角度が違うと全く異なる構図がある訳。そういった事があるのだということを知った上で見ないとダメだと思う。
今日のお話しでいろいろやらなければならないことがありますが、総括すると美意識を高めるというのが、すべての大本で、大前提であるということですね。本日はありがとうございました。