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写真:IFBBオフィシャルサイト
大会当日からステージング中に考えていること
― 大会当日のルーティンはあるのでしょうか?
出番の時間から逆算して、パンプアップの時間、その前の食事の時間を計算します。パンプアップの頃には胃に食べた物が残っていない状態、でもカーボが十分入っている状態にしたいんです。
食べるのを1時間とか30分とか細めに摂りすぎてしまうと、胃袋が疲れてしまい、消化不良を起こしてしまうので、なるべく消化ができるタイミングで、お米なら1時間半〜2時間、固形物も含めた炭水化物なら3時間前とか。そのように逆算して食事の計算をします。
ただ、当日は大幅に時間が変更となり、前後してしまうこともあるので時間通りに摂れないことが多いです。そのため、臨機応変に対処するためにも、食材は色んなものを持って行きます。
例えば、一時間前後することが多いので、なるべく羊羹やバナナなどの30分でお腹が張らず、しっかりエネルギーになる食べ物や、白米ですね。あとは、直前ならゼリータイプのドリンクとか、メープルシロップとか、そのような食べ物も用意して持って行きます。
そして、自分の体をその都度チェックしています。例えば、塩分を抜きすぎると血管が凄く細くなるんですね。それで、塩分が不足していると分かるので、塩を舐めたり、せんべいも持って行きます。
今回は、出番の二時間前(パンプアップの時間)にも関わらず、全然体が張っていなくて「大丈夫かな?」という感じだったので、日本から持ってきたご飯と塩分を含んだサバ缶をニ時間前のタイミングで食べて対応しました。
しかし、これをやったから絶対大丈夫ということはなくて、その都度、微調整をしていくことが大切です。
― カラーリングについてはいかがですか?
今回は業者に塗ってもらいました。いつも合戸選手や田代選手と一緒に塗ったりしますが、今回舞台裏に入って、一緒に手伝ってくれる人というのは誰もいませんでした。
ボディビルって時間が違って、コーチも中に入れないですから。そのため、業者(JANTANA/ジャンタナ)に頼んで、裏でやってもらいました。
カラーリングはとても重要です。カラーリングによって、舞台から見える印象がすごく変わってくるので、いつもならプロタンを前日に二回。もしくは白ければ三回塗って、当日にプロタンやジャンタナを塗るといった感じです。
本当はカラーリングって、人種の問題や日焼けしやすい人、日焼けしにくい人がいるので行うんですよ。
― パンプアップに関してはいかがでしょうか?
先ほど言った通り、当日は時間通りにいかないことがほとんどです。今回のアーノルドも、出番予定が14時くらいでしたが、12時半になって「出番がきちゃった」という感じでした(笑)
だから最近は時間ではなく、自分で選手の人数や進行状況を見て、だいたいどれくらいか分かるようになってきました。タイミングとしては、この選手達の前の前の選手が○○したら準備を始めるという感じです。
― いかにその場の状況に合わせた対応できるかが、優勝へのカギとなりますね。
そこは上手く自分でチェックしながらやっています。でも、本当に気を使うのは一番最初に出る選手だと思いますよ。
特に日本の大会は、時間通りにきっちりしていますが、国際大会だと、急に順番が変わってしまったり、途中で休憩を挟んだり、何も言われずにそういったことが起こるんですよね。
特に80kg級って、世界選手権だと真ん中くらいの階級になるかと思うんですけど、一通り軽量級が終わって80kg級の前で休憩を挟むとか。
「パンプしてるのに、えぇ〜?」みたいな(笑)。それで、再開が一時間後とかありますよ。そこはやっぱり図太さというのが凄く必要ですよね。
最初はそんなところに神経質になっていましたが、変更になってしまうのも、時間通りにいかないのも当たり前なので、図太くなりました(笑)。
あと変な話、パンプアップをしている時に他の選手から「物を貸してくれ」って言われるんですよ。特に中東の選手は当たり前ですね。
でも彼らは悪気があってそのように言ってくるのではないので、「今使ってるから、貸せないよ」と、ハッキリ断ります。そういうのを真に受けちゃだめです。
あと、下に置いていると、もう自分のものだと思われて、物を取られてしまうこともあります。それは海外旅行と同じだと思います。バッグを置いていると絶対に盗まれるって言うじゃないですか。
舞台裏でも当たり前なんですよね。安心できるのは、日本ぐらいなんですよ。なので、そのへんは取られてもいいものを置いておきます。
― ステージの上では、どんなことを意識していましたか?
並んだ段階で、既に各国の選手の体のコンディションが分かりますが、最近はあまり周りを気にしなくなりました。ステージに入った瞬間から、審査員は選手たちを見ています。
アーノルドはそうでもないですけど、世界選手権だとおよそ30人の選手がステージに立ちます。そのため、審査員が各国の選手30人を同時に見ることができるかというと、それは難しいと思うので目立たないといけません。
なので、ステージに入る段階から、立ち振る舞いを意識しています。横を向いた時にお腹が出ていると、その時点でアウトになりますよね。そういうところも常に審査されているというイメージでやっています。
あとはアピールですよね。絶対に遠慮しないことです。ルールとモラルは守りつつも、アピールをしっかりするということが重要です。
他国の選手よりも絶対に一歩前に出てポージングするんですよ。無理やりポーズをすることはありませんが、当たっても軽くよけて前に出てポージングを続けて常にアピールします。
― ステージ上では、静かな戦いが繰り広げられているのですね。
特に、日本人特有の“振る舞い”というものは、審査員にマナーが良いと感じていただき、評価されやすいんですよ。実際に、JBBFの玉利会長も、日本のそういうところは各国から称賛されていると仰っていました。
ただ、マナーが良くて勝てるかといったらそうではないので、やはりアピールというのが最も大切です。体が良くて、なおかつ紳士的な選手なら評価されますよね。
写真:East Labs.sk
― 今回のアーノルドと世界選手権の審査基準に違いはありましたか?
実は、審査基準って同じなんですよ。そして、もともと審査基準ってないんですよ。一つあるのは、ウエストが出た人はダメとかですかね。
審査基準というのは、だいたい“このような体が良い”というものはあると思うんですよ。ただ、それで決まるというわけじゃないんですよね。
例えば、Aさんはバルクがあって、ウエストが太いけど、BさんはAさんよりバルクは劣るが、ウエストが細いってなると、明らかにBさんをとりますよね。
なので、全体的に見て目立つ人というのが、一番綺麗に見えて、なおかつ体がしっかりしていという人が勝つので、審査基準はないんですよ。基本的に完璧な体をしていれば、誰でも勝てるわけですから。
例えば、ボディビルに限らずフィジークでもそうですけど、ラインや形は悪いがバルクがある選手と、細くて筋肉はそれほどついていないという人がいたら、前者の人が勝ちますよね。なので、全体的に見た評価なんですよね。
当たり前ですが、フィジークの選手は審査基準があるんですよ。それは、みんな同じ形をしていて、体もあまり違いがないからなんですよ。
登場の仕方や雰囲気だけで目立つ選手かどうかなんて判断できないじゃないですか。客観的に見ると言うのは難しいんですよ。いわゆる審査員の方にも美的センスがないとダメなので、その辺は審査が前後しちゃうというのは当然なんですよね。
審査員の美的センスと、その見え方ということに関しては、人の好みや好き嫌いというのが凄く出てしまう競技だと思います。
だからプロのフィギュア選手が解決方法として言うには、「大会に出るしかない」とのことでした。大会によって出場選手が異なるので、評価される大会と評価されない大会というのは、出場する周りの選手によってあるらしいんですよ。
だから、何回も大会に出場して、クオリファイをいただいたり、あとは一回勝つと名前が表に出て注目されるようになってくるという話でしたね。人間の心理としてよく見えるんですかね?
ただボディビル自体は、筋量やウエストラインがしっかりあってというように、フィジークや女子よりはっきりしています。
そして何より最近は、アーノルド本人の発言が大きいですよね。ボディビルダーはウエストが細くて、クラシックボディビルディングとか、アーノルド像のような形をしていないとボディビルじゃないみたいな。
「最近のモンスターはダメだ」と言っていたんですよ。だから、だんだんそのように移行していくのかな。と考えています。
写真:IFBBオフィシャルサイト
― 優勝が決まった瞬間、どのようなお気持ちでしたか?
単純に嬉しかったです(笑)。でも、そこまで飛び上がるほどではなかったんです。
思ったんですよ。以前アーノルドで3位、4位になった時も、すごく嬉しかったんですけど、一位になった時ってもっと嬉しいんだろうなと想像していたんですよ。
でも今回優勝して、3位、4位になった時と同じような気持ちなんですよね。嬉しいんだけど・・・みたいな。
多分、自分の目標というのは順位ではないと思うんですよね。やっぱり、より良い体を作りたいというか・・・あ、こんな感じになりたいんです、カッコイイですよね!!(笑)
(左)2016年 優勝 / (右)2012年 4位
そう言って、見せていただいたのはブロンズ像だった。
― なるほど!順位ではなく、自分が理想とする体に近づくことが目標なんですね。
そうですね。だから今回は、順位が自分の目指している体と合致しないんですよね。いわゆる、順位の方が勝ってしまっている感じです。
でも、人によっては逆のパターンもあると思うんですよ。体は自分の思い通りになっているんだけど順位が上がらないとか。
個人的には、もちろん結果はついてくれば一番いいんですけど、元々そこまで順位にこだわるタイプではないので、目指している体になれば、いずれは評価されるだろうというふうに思っています。
ひと昔前は、文化の違い等の関係で、ナチュラルでやっている選手って非常に少なかったんですよね。日本は先ほど言った通り、マナーやルールを守るというのが当たり前になっていますから、オリンピック選手でも諸外国の選手の多くが、ドーピングチェックに引っかかるじゃないですか。
ただ、「自分はナチュラルだから」って、それを言い訳にしていたら「同じ土俵じゃない」と言われても、結局同じ土俵なのでしょうがないですよね。
一応、ナチュラルであることを誇りに思ってやっていますけど、なるべく言い訳にしたくないというか、逆に負けた時の言い訳になってしまうので、選手皆が同じ立場であると考えて、そこで勝負するんだ!という気持ちでいつも挑んでいます。
そのように思ってやっていかないと、やっていけませんからね(笑)